Radio And The Setagaya





音と音楽と街、私の仕事を紹介します

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すごい雪でしたね。
山梨や長野はまだ陸の孤島と化しているようで、お見舞い申し上げます。

私は東京の狭いマンションで一人暮らしをしているので、基本買い置きをしません。
すぐ近くに深夜まで営業しているスーパーやコンビニもあるし、出前も結構充実しています。
食品もトイレットペーパーも洗剤も最低限。
だって自宅に収納場所がないんだもの。

でも、3年前の震災やこの度の大雪を受けて、少しは用意しておいた方がいいのかな、と思います。
去年体調を崩し、嘔吐がひどく自宅から一歩も出られないことがありました。
その時は、近所に住む友人がポカリスエットやアイスクリームを届けてくれて本当に助かりました。
水や飲み物は災害時だけではなく、このような体調を崩した時のためにも多めに用意しておいた方がいいよね。

やみくもに用意するとまた部屋が狭くなる。
(やっと断捨離効果が出てきたところなのに)
考えなきゃなぁ。

冬キャンプ用の寝袋は捨てるのをやめました。
もしもの時に役に立つかもしれないし。
あとは、停電時の暖房も考えなきゃね。
ラジオと電池だけはたっぷりあります。

備えあれば憂いなしかぁ。
真剣に考えなきゃ。
着物のドレスコードって難しい。週末に従兄弟の結婚式がある。
今さらドレスって歳でもないので和装にしようかと。
しかも、親族紹介なんてものにも出席せねばならぬ。

私は40代未婚。三つ紋色無地で参列するつもり。
母のお古なんだけど、母がいつ頃着ていたものかは不明。
訪問着も付け下げもあるけど、この場合色無地でいいのよね?
五つ紋じゃなくてもいいのよね?
着物のドレスコードってよく解らないし、ネットで調べると時代的なものもあるらしい。

伊達衿は付けます。帯はもちろん袋帯の二重太鼓。
(改良枕を使ったインチキ着付けですけど)

9:30集合なんで(だから、早いって!さすが親族)
早起きして自分で着付けるつもり。
あぁ、髪も自分で結わなきゃ。
美容院だと時間外で高そうだし、式場はホテルではなくブライダルガーデン(って言い方でいいの?)なので、着付け室の予約がよく解らないし、何より節約大事ww

親の着物がたくさんあるので、自分で着付けできるよう、着付け教室にも通ったけど、
着物って着付けが出来ればいいってものじゃないのね。

草履とバッグは7年前に92歳で他界した祖母の形見を使います。
何年前のものなんだろうね?

従兄弟の結婚式なので、従兄弟にとっても祖母で、祖母にとって孫。
きっと祖母はその結婚式を見たかっただろうし、従兄弟も祖母に見せたかったハズ。

だからせめて、祖母の形見を身につける。
式場まで着ていく道行きコートは母が40年以上前に着ていたもの。

和装って、本当に時代を超える。
難しいし、保管も大変だけど、それがいいよね。

画像は、その祖母の形見の草履とバッグです。


酒井順子さんの「ユーミンの罪」読了!
ユーミンのデビューアルバムからその楽曲たちを時代背景と共に「読む」とう内容。

1966年生まれの酒井順子さんは、もろユーミン世代だと思います。
私的偏見で言うと、ユーミン世代とは、ユーミンと同年代で彼女の曲を聞き、
彼女の音楽と同じように生きた世代ではなく、ユーミンの音楽、ユーミンの世界観に憧れた世代だと思うのです。

恋人とのスキーに行ったのも、山手のドルフィンでソーダー水を飲んだもの、
逗子でサーフィンをしたのも、ユーミンの曲から数年遅れ。

例えば「ロッヂで待つクリスマス」は1978年に発売された「流線形80'S」に収録されているんだけど、
本当に恋人とスキーに行ったのはそれからずいぶんたった80年代後半。
そういう「ズレ」があるのがユーミン世代。
つまり、ユーミンをいつもいつも追いかけていたのです。

酒井さんの分析によると、ユーミンの歌に出てくる女性は、助手席系、連れてって女。
「中央フリーウェイ」がその代表例かな。

ユーミンといえば、年齢に関係なくかっこよくて、稼いでいて、ずっと働いているから、
「自立した女」と思いきや、彼女はずっと「助手席人生」。
そう、松任谷正隆さんという名プロデューサーの助手席で窓の外に向かって手を降っている。
でも、ものすごくナビゲートが上手いんだろうな、と思う。

私は「男なんていなくても行きていけるわ」とか「女性ならではのビジネスを!」とか
「働く女性に理解を」などと、声高々に叫ぶのが苦手。

出来るならば、助手席で同じ方向を見つめて走って行きたい。
もしも貴方が疲れたなら、時々運転を変わってあげるわ。
そのぐらい関係がいい。

酒井順子さんと言えば「負け犬の遠吠え」
(解らない方はググって下さい)
この本の出版は2003年なので、もう10年以上前になるのね。
酒井さんには是非、「負け犬のその後」という本を書いて欲しいと心から思うわ。


店の外に出ると朝でした^^;
また、朝まで飲み続けていたことになります。
時間が時間なのか、それとも記録的大雪の影響か、タクシーが捕まらず、北沢川緑道をテクテクと歩いて自宅まで。
道はまだ凍っていて、スノー用ではないノーマルブーツの私は、そろそろと雪のない場所を探して歩く。
でも、当然酔っぱらいの千鳥足。
多分、いつもの2倍時間を掛けて自宅に辿り着いたと思う。

下北沢から自宅に帰る時に使うのはこの「北沢川緑道」
以前は、キタナイww 緑道でしたが、川を塞ぎ、その上に人工のせせらぎが出来て、とてもきれいな緑道になりました。

春には染井吉野の桜並木になります。
とても季節を感じることが出来るお気に入りの場所。

23年前に下北沢に越してきてから、ずっとその近辺で暮らしています。
今の家はそろそろ11年目に突入。
すっかり地元民です。

この街に出会えてよかったなぁと思ってます。
もう、私の故郷です。

雪の北沢川緑道
あけましておめでとうございます。
放ったらかしのブログですが、今年はボチボチ書いて行こうかと思いますので、よろしくお願いします。

最近思うのだけど…

今の若い子って自分の親と仲がいいよね。
女子高生がお父さんとデートするのが大好きなんて、私の時代にはあり得なかった。
いや、いたのかもしれないけど、それがバレるのが恥ずかしい雰囲気があった。

金八先生とか、積木くずしとか、つっぱりくんとか、横浜銀蝿とか、尾崎豊とか、中村あゆみとか、そういうのが流行っていた時代。
「Don't trust anyone over thirty」30歳以上のヤツは信用するな!
なんて言葉もあったもの。
盗んだバイクで走り出したり、校舎の窓ガラスを割ったりまではしなかったけど、
何かあるとすぐ家出しちゃうの。

今思えば変な時代だったけど、私はすっかり時代に流されていたわ。

その後遺症で今でも親との距離感が解らない。
親に会うのが苦手。
ま、時代のせいにしちゃいけないのかもしれないけどね。

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